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<連載政治小説>

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草野 洋
2.拾った鍵

 家政婦の理沙はコーヒーカップや灰皿などをお盆にのせて片付け、テーブルを拭いていると足元に鍵が落ちていることに気がついた。それを拾うや、カーディガンのポケットに入れ、キッチンで洗いものを済ませ、急いで納戸で着替えると、7時に待ち合わせをしている多田裕二の待つ池袋の「玄さん」へ直行した。

 赤ちょうちんの「玄さん」には、すでに2人の若者がカウンターで焼酎を呑んでいた。
そこへ理沙がたてつけの悪い戸をきしませながら入ってきた。
「おじさん、いつになったらこの戸なおすのよ。腹ぺこん時なんか開けられやしない」
 理沙はいたずらっぽく店主の片倉順平を睨む。
「バカヤロー、てめえらみてえな貧乏人しか来ねえのに、そんなとこに修理する金なんか無いわ。それはそうと正月早々仕事みつけたらしいじゃねえか」
「そうなのよ。それで裕二に報告しようと思ってここで待ち合わせてたわけよ」と理沙は裕二と、裕二の友人の塚本春夫の間に割り込んで座った。

「こんど派遣された家はね、500坪の広さの土地にね、三棟の家が建ってる豪邸でさ、防犯カメラだってあるし、屋敷をひとまわりするだけでも三分はかかっちゃうね。先輩の話では土地が20億で建物は3億で合計23億の豪邸だって・・・」
「だから、それは誰の家だって聞いてもこいつ名前言わねえんだよ」と裕二が理沙の頭をゲンコツでぶつ真似をした。
「だってさ、派遣された時に秘書のひとからこの家の人は、一切口外しないという念書を書かされているのよ」と理沙が頬をふくらませた。
「当たりめえだよなぁ理沙。元暴走族のこいつに危くて言えっこないよな。まあ裕二よ、そんなことはどうでもいい、理沙の就職祝いの乾杯だあ」
 順平がグラスを高く上げた。
 そのとき、携帯電話が鳴って、慌てて理沙はバックから携帯電話を取り出し耳に当てた。みるみる理沙の表情に緊張が走る。

「おじさん、ここの住所書いて」と言うなりあとは携帯電話を耳に当ててうなずいている。住所を読み上げると相手はすぐに電話を切った。
「なんだよ住所なんか教えて・・・誰かここへ来るのかよ」
「うん。・・・私、そういえば鍵をカーディガンのポケットに入れたまま着替えてきたんだわ。旦那さんの大事な鍵だったんだ。どうしよう。向こうが一方的に大きな声でガンガン言うから、鍵のことすぐに思い出せなかったのよ。とにかく、そっちへ行くからどこへも動くな!って怒鳴るんだもの」
「じゃあ、理沙が派遣されたのは会社の社長の家か・・・。さっきから秘書 秘書って言うところをみるとさ」

 裕二は、理沙が派遣された先が、まだ気になるらしい。

「理沙が言わなくったって、今にわかるさ。向こうから秘書が来るんだからな。その鍵のことだが、知らないことにしたほうが無難だな。秘書が来ても知らぬ存ぜぬで通すことだ」
 順平は酔ってうつろになった目を見開いて、したり顔で理沙に念を押した。

 のれんが大きく揺れて戸がガタガタ音をたてた。乱暴にガラス戸が開けられると1人の警官と、2人の男がドヤドヤと入ってきた。怯える理沙を尻目に、秘書とおぼしい男は理沙のバッグをひったくり、逆さにして中のものを放り出した。
「鍵だよ鍵・・・きみ拾わなかったのか。大塚さんも知らないっていうんだ。先生の机の引き出しから大事な書類が無くなっているんだ」

 血まなこで捜す秘書を、体格のいい私服のSPと池袋署の警官が見守っている。
「ちょっとお前さんたち」と順平は警官ら3人をにらみつけた。
「どこのお偉いさんかしらねえけどよ、ここは玄さんというしがねえ一杯飲み屋ですよ。オレはこの玄さんの店主だ。そのオレに断りもなしに、客でもないあんたらが勝手に踏み込んできてさ、ちょっと無礼というもんじゃあございませんかねぇ。大体、警官の制服着てる人まで出入りされたんじゃ、店の沽券に関わる」

 するとSPの男が順平のほうに歩み寄った。
「こんな店のどこに沽券があるのかな。このことは、国政の一大事に係る問題なんだ。ここで名乗るわけにはいかないが、あとで挨拶に来る」
「冗談でしょう・・・挨拶ってのは先にするもんですよ。店へ入るのに身分も明かせない、名前も言えねえ、客のハンドバッグひっくり返して謝りもしねえ。どうせあんた達のしでかした不始末なんでしょうが。こんな店でも客商売やってんだい。他の客に失礼でしょうが」
「おい、おやじ。この店は消防法や保健所の許可取っとるのかね。君もこんな店に出入りしているようじゃ、うちの家政婦としては失格だな。先生によく言っておく」

 目的の鍵を探し出せなかったことで不機嫌なままの秘書は「玄さん」を出てゆき、店の前に待たせていたパトカーで走り去った。
 呆気にとられていた裕二と春夫は「俺たちが暴走族してたときからオマワリの制服には弱いからびびっちゃったよ。だけどおやじさんすごいね。さすが元トップ屋だけあるねえ。それにしても、理沙・・・おまえまたクビか」
「そんなもんいいよどうだって・・・。なにが国政に係る一大事よ。あんな鍵一つで大袈裟に騒いでさ」
「ちょっと待てよ。その鍵でなきゃ開かない机の引き出しからその重要な書類が無くなったということだから、誰かがその重要書類を盗み出したと言うことか――。鍵屋に頼めば、ものの5分か10分で開く。さて、その国政の一大事に係る書類とは、いったい何なんでしょうかねえ・・・」
 順平はおどけた調子で口上を述べるように声を張りあげた。
「そういえばね、エラソーな外人が夕方来てたよ。大使って旦那さん言ってた」
「だから、その旦那さんは、来客から受け取った書類を引き出しに入れ、鍵をかけたがそのあと鍵を落とした。それを理沙が拾ったまま忘れたと、まあこういうことじゃ・・」

 順平はしたり顔でうなづき、急に険しい目をして「理沙、おまえは鍵のこと知らないって言った以上、絶対に知らないと言い張るんだぞ。あの様子だと、かなり重要な書類を紛失したんだろうからな。SPらしいのやポリ公まで連れてくるんだから、理沙が今度勤めている家は大物政治家だ。鍵はどこかに早く処分した方がいい。それにしてもな、気をつけろよ」と念を押した。   (つづく)

1.密談

3.決断


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