1.密談
1992年1月7日、ブッシュ米国大統領が来日した。宮沢首相は日米建設協議を活性化させることなどを内容とする「日本行動計画」をブッシュ米国大統領とともに発表した。
それから1週間ほど経っていた――。
東京世田谷区奥沢に敷地500坪の土地に建つ、ひときわ目を引く大邸宅の、自動開閉式の門扉が開く。人目をしのぶように外国ナンバーの黒塗りの車が車寄せのある玄関の前に停まると、1人の外国紳士が秘書の迎えをうけて中に消えた。
政界のキーパーソンと言われ続けていて、前年4月まで自民党幹事長を務めた大沢栄二邸に、年賀の挨拶で訪れたのは駐日米国大使のアマコストだった。
大沢栄二は47歳という最年少幹事長時代の前年1月に、イラクがクウェートに侵攻した湾岸戦争への支援として、合計130億ドルを国連軍へ“供与”した。それに対するお礼と新年の挨拶を兼ねてのアマコスト米国駐日大使の訪問だった。
アマコスト大使は「昨年の湾岸戦争でのご支援を厚く御礼申し上げます」と日本式に頭を下げ、固い握手を交わした。そして感慨深げに天井を仰いで言葉を続けた。
「・・・私も駐在大使として日本の協力を求めるために奔走しましたが、あの時ミスター大沢と公明党のミスター市川は、あのような国際社会の根源的な変化の予兆を、日本のリーダーたちの誰よりも早く、そして正確に理解してくれました。自民党幹事長だったあなたは、アイアン・トライアングルの内部の人とは思えぬ柔軟な発想でこれから進むべき日本の針路をしっかりと把握しており日本が果たすべき国際貢献について十分すぎるほどの対応を示してくれました。私はこの上なくこれを評価しています」
「いやいや、アマコスト大使閣下にそこまでいわれるとは光栄の至りであります。率直に申し上げますと、幸いにも我が国はバブル景気がまだ尾を引いておりまして、市川さんにも協力願ったわけです。あの130億ドルについてはブッシュ政権にご奉仕するつもりのものです。ブッシュ大統領は1997年の大統領選挙で、自分は増税しない、と公約していましたから、11月の大統領選挙を控えて増税は口にできないし、アメリカ経済は大変な時期でしたからね・・。アメリカは、平和と安全を全面的に米国に依存しながら、ひとり繁栄を享受している日本に対して、今こそその経済力と立場にふさわしい貢献をせよと迫られましたが、海部内閣も慎重論が多すぎまして・・・」
「ご苦労されたと思います。おかげさまで、我が国の一部の新聞などは、これでアメリカは増税しなくて済んだなどの記事が出たくらいでしたよ」
ここで2杯目のコーヒーを催促したアマコスト大使は、コーヒーを運んできた家政婦が応接間から出るのを見極めると身を乗りだして言った。
「ミスター大沢、これは本文は日本語のワープロですが、1月7日に来日したブッシュ大統領の意を受けて補佐官が作成した。わがアメリカは、ミスター大沢にフリーメーソンのメンバーになってもらいたい。アメリカといっても、実態はロックフェラーなのであって、C.I.Aはロックフェラーやべクテル社の意志で動く。・・・そこで、ミスター大沢に日本の政権を取らせようということで、ここに大統領のサインもある。具体的なことは私が伝えることになっているので・・・」
アマコストの白いまつ毛が震え、鋭い目で大沢を見据えた。
「ミスター金丸はアメリカにとっても、日本にとっても困る存在です。実は日本の官僚からも、外圧をかけてくれと言ってきているのです。ミスター金丸を、今年中に議員辞職に追い込み、来年の桜の咲くころに東京地検が逮捕ということになるでしょう。ミスター大沢・・・あなたはミスター金丸のファミリーです。ミスター金丸を守らなければならない立場ですから、アメリカを猛烈に批判して結構です。ただしそれはパフォーマンスです。第二次大戦のあと、日本は吉田内閣でした。吉田総理はアメリカを甘く見るようになってしまった。そこでミスターヨシオ・コダマを通じて資金をだし、鳩山内閣を成立させたことは、以後ミスター鳩山一郎がフリーメーソンのメンバーになったことでもお分かりと思う。もちろんアメリカは、湾岸戦争時代の130億ドルのお礼としてあなたが政権を取るだけの資金を提供します。今の自民党政権では55年体制をひきずっていて、日米貿易摩擦は解消されないし、日米構造協議も両国に明るい見通しが立てられないのです」
アメリカ大統領の数人は、自分がフリーメーソンのメンバーであることを公言しているし、歴代の大統領のうち21人がフリーメーソンのメンバーであることも知識としては大沢栄二の頭の中にあったが、それらがロックフェラーやC.I.Aと同義語で駐日大使の口から直接聞かされたことに戦慄を覚えた。
とくに「金丸を失脚させる」ことを明言するアマコストの言葉には<お前さんの師匠に当たる田中角栄もロッキード事件で失脚させたように実証済みですよ>と暗に語っているようだった。
「そうそう・・・うっかり言い忘れるところでしたが、ミスター大沢の政敵のミスター梶山とミスター三塚も大きな打撃を受けるでしょう。あくまで政権を掌握するには、私情を捨てて大儀に立つべきです」とアマコストは大沢の手を握った。
それは自信に満ちた、有無を言わせない毅然としたものだった。
英語の堪能な新庄秘書を通訳に1時間ほどひそひそ話に終始していて、アマコストが帰ったのは、午後6時を少し回ったころだった。 (つづく)
2.拾った鍵
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